元興寺 南都七大寺 庶民が支える浄土信仰の地

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元興寺 南都七大寺 庶民が支える浄土信仰の地
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ならまちのほぼ真ん中にある元興寺(極楽坊)は昔は猿沢池から南側・現在のならまち全体が寺の敷地であったほど広大な大寺で、奈良時代の南都7大寺の1つでした。現在は東門・極楽坊(本堂・禅室)と新に建てられた、仏像や五重小塔などの国宝・重要文化財を収蔵する法輪館・北門のみですが、ならまち内には元興寺塔跡や元興寺小塔院跡が残っています。


元興寺(がんごうじ)は、奈良市にある、南都七大寺の1つに数えられる寺院。蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺がその前身である。
法興寺は平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し元興寺となった(ただし飛鳥の法興寺も元の場所に残り、今日の飛鳥寺となっている)。奈良時代には近隣の東大寺、興福寺と並ぶ大寺院であった。
奈良市中院町の元興寺は「古都奈良の文化財」の一部として、世界遺産にも登録されている。

出典 http://ja.wikipedia.org

東門

極楽坊本堂

元興寺の本堂は全体が畳敷になっており、今でもこの地域に住んでいる人達との交流に深くかかわっているのを感じます。

法輪館

法輪館には、国宝の五重小塔・重文の弘法大師坐像/聖徳太子像・正観音菩薩立像・如意輪観音像 他が収蔵されています。

極楽坊禅室

極楽坊(本堂~禅室)の南側に沢山の石仏が並んで庭の1画を造っていますが、この間を縫うように極楽坊の周りを歩けます。芝生のグリーンとのコントラストが美しい空間です。

石舞台

極楽坊北側

極楽坊の北側も植木とカーブを描いた玉砂利の庭が北門に続きます。

北門

境内側から

元興寺外側から




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ならまち内には“元興寺”縁の場所が多くありますが、ならまち格子の家界隈は元興寺町(がんごうじちょう)と呼びます。ここには元興寺の正門があったそうです。ここを元興寺町と名付けたのはもしかすると門は最後まで残っていた遺構の一つだったかもしれないですね。
元興寺。蝶や蜂が舞い飛ぶ寺。まさに極楽浄土。「菩薩とはさとりを求める人」!?さとりを得た人だと思っていた。まだ進行形?まだまだ俗物な自分を感じずにはいられない。 #駅メモ
ならまちに不審ヶ辻子という町名があります。ここは夜な夜な元興寺の鐘を突きに来ていた鬼がこの町の方へ消えて行くという伝承がありこの名前になったそうです。しかし実際は閑静なTHE ならまちというような落ち着いた素敵な雰囲気です。
元興寺の僧坊の瓦には1350年前に作られた瓦が一部今でも現役で使われています。
奈良町情報館の場所は、元興寺中院という僧坊があったようです。
(元興寺神霊)蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺を前身とする、日本最古の仏教寺院です。



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